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[life]赤子が生後50日を迎えたので、改めて出産を振り返ってみようと思う。

Life

2017年3月、わたしは日本に居て、株主の会社で次年度の目標を語っていました。当時、日本酒のお店を準備中で、まだか妊娠するとは夢にも思わず。しかし、2017年の初詣には箱根神社に行き、偶然にも安産杉に参拝していたので、それが功を奏したのかもしれません。

娘は、2018年2月3日に産まれました。奇しくも、2012年の2月3日にパリに移住してきていたので、ちょうど6年後ということになります。あの日は、その冬の初雪の日でした。ちなみにロストバゲージで荷物がなくて大変だったことを覚えています。(が翌日か、翌々日には家まで運んでもらえたので、重い荷物を運ぶことなく、逆にラッキーでした笑)娘を連れての退院の日も、大雪の翌日。親子揃って、嵐を呼ぶ…のか?

年女だった2017年、妊娠がわかったとき、まさか!とは思いましたが、出産することに一切迷いはありませんでした。1人でも産んで育てる気持ちが既にあったからです。年齢的にもライフプラン的にも、出産を諦めるという選択肢はなく、無事に産まれてくることだけをまず祈りました。

妊娠検査薬を試すまでの2週間、もう検査していいか、まだかまだかと待ち、いざ妊娠していると表示されたときの気持ち。不安と期待が入り交じっていました。新店、しかも日本酒のお店を準備中。産むつもりではあるが結婚の予定はない。彼にどう伝えるか、親にどう伝えるか。悩まなかったと言えば嘘になります。しかし、いざ婦人科の予約を取り、心拍を確認した日。思いがけず、涙がこぼれました。自分がまさか泣くなんて!驚いたことを覚えています。

その後は幸い、食べ悪阻も、吐き悪阻もなく、ひたすらの倦怠感及び眠気と頭痛、そして便秘に悩む日々でした。頭痛は本当に辛かった…。日本に一時帰国中の8月、ちょうど安定期に入る頃、一晩中腹痛があり、不安になって福岡で受診。赤ちゃんにもしものことがあったら、と待合室で泣いてしまったのですが、なんのことはない便秘でした。しかしその翌日から風邪でダウン。病院でもらっていた痛み止め=解熱剤を飲んで事なきを得ました。

段々に大きくなるお腹、しかし日本酒のお店を準備中。妊娠のことは敢えて公にしないことに決めました。既存店には顔を出すものの、外出を控え、必要外に人に会うこともなくなりました。元々そんなに出歩くほうではなかったので、問題はありませんでした。

10月には友人カップルの結婚式があり、列席したのですが、式は着物、パーティはストレートな形のドレスだったので知らない人は誰からも気付かれることなく過ごしました。出産してから驚いたと言われました。

出産に際し、彼とは結婚しないことにしました。お互いバツイチで、結婚に対する憧れもなく、お互いの生活やライフスタイルがあり、一緒に暮らすことよりも、お互いを思いやる気持ちを大事にしました。とは言え、付き合った直後には彼の本心がわからず、かなりきつく言いたいことをぶつけていました。おかげで距離を縮めることはできたと思います。

実は、何でも言いそうなわたしですが、意外と本心をぶつけることが苦手で、今までの失敗は数知れず…。今の彼に対しては、素直に想いをぶつけることができ、それもよかったのだと思います。この際にも、VISAも仕事もあるという心の余裕は、大きな効果を生みました。

いざ出産。無痛分娩で生みました。(詳細は後述)生まれてきて、『生まれたー!やりきったー!』とは思ったものの、正直なところ感動はあまりせず、達成感の方が強かったです。自分の母性のなさに意気消沈しつつも、ここ最近は娘がとてもかわいいので母性も芽生えたのではないかと思います。元々、出産についても『自分にその機能が備わっているのだから、使ってみたい』と言っていたような感じなので、そんなものなのかもしれません。

生後50日やっと50日まだ50日。これから彼女が成人するまであと17年と315日。出来損ないの母ではありますが、手探りで子育て頑張って行こうと思います。このサイト及びブログは、わたしの仕事と子育ての記録です。

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田淵寛子のパリ珍道中

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